大判例

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広島高等裁判所松江支部 昭和30年(う)64号 判決

所論は要するに原判決が本件事故発生当時における被害者古谷富士蔵の位置を確認することができないと断じたのは事実を誤認したものであり、古谷は右の当時三番線北側軌条上部外側から八〇糎の距離にあつた旨主張するのである。(古谷が被告人の運転する機関車に接触顛倒して死亡したことは殆んど疑を容れないところであるから右接触の瞬間に同人が右機関車の接触限界内即ち三番線北側軌条から約八〇糎以内の距離にあつたことも亦明かであり、従つて右に本件事故発生当時とは機関車が未だいわゆる死角内に入らず機関士席から被害者を認め得べき瞬間から前に遡り数秒の間を指すものと解せられるのであるが、被告人の検察官に対する第一回供述調書の記載によれば右機関車は当時時速約六三粁で西進し左側機関士席から進路の北側軌条上の人影は前方五六米以下のものは死角に入るものと認められるから右事故発生当時は古谷が機関車に接触するより三秒強以前数秒を指すこととなる。)なるほど所論の指摘する昭和二八年九月二八日付司法警察員の実況見聞調書及び吉村竹市の検察官に対する供述調書の各記載によれば、被害者古谷は本件事故発生の直前数秒の間三番線北側軌条から約八〇糎の距雖にあつたことにつき証明があるが如くである。しかしながら(一)所論の指摘する如く古谷の所在、行動を最も見易き位置、方向にあつたものと認められる下田亀吉、森尾尚雄の両名は検察官に対し古谷が事故発生の四、五分前自己の作業位置を離れて、発電機を調整していた西村周光の東横に向つた旨供述しているのみであつて、事故発生の直前数秒の間における古谷の位置を確認した旨の供述はない。(二)西村周光は当時発電機の南側にこれに正対して蹲りその調整に専念していたものと認められるのであるが、昭和二八年一二月一五日付司法警察員の実況見聞調書の記載によれば同人の方向は少からず西に傾いていたもの(三番線が正確に東西に走るものと仮定して謂う)と認められるから、前記九月二八日付実況見聞調書に記載する古谷の所在地点は西村の殆んど背後に位し、西村が古谷の位置を知るためには後方に振返らなければならなかつたものと認められるに拘らず西村が後に振返つて古谷の位置を確認したことを認むべき証憑はない。(三)タイタンバーを使用して道床搗込作業に従事する者はその意識の大半をタイタンバー及びその先端に集中しているものと解せられ、所論の摘記する森尾尚雄の証言部分は視線が敷込の局所にのみ限定されるのではなく、瞬間的には下前方にも転ずることがある旨示しているのであつて、タイタンバー使用中は常に注意を周囲に配つていることを意味するものと解すべきではない。而して前記九月二八日実況見聞調書及び吉村竹市に対する検察官調書の各記載によれば吉村竹市は三番線北側軌条から約四米七〇糎の地点に西面してタイタンバーを使用して敷込作業に従事していたものと認められるのであるが、右実況見聞調書に事故現場として記された地点は吉村の南(左側)から稍東(後方)に傾いており吉村が事故発生直前右現場に位置していた古谷を認めたとすれば吉村は右作業中その視線を少くとも左九〇度約四米六〇糎前方に転じたものと解しなければならないのみならず、右現場は吉村の所在地点から右軌条に至る垂直線より約七〇糎東に外れているに過ぎないから右現場と軌条との距離を知覚することは二点の距離をその点を結ぶ線の延長線に近い点から知得することに外ならず必ずしも容易でないものと解せられる。さすれば右検察官調書及び吉村の指示に基いて作成せられたものと解せられる右実況見聞調書中事故発生直前における古谷の位置に関する記載は信憑性極めて薄いものと解せざるを得ないのであつて、吉村が右の如く事故現場を指示したのは古谷が機関車に接触顛倒した事実より推定した結果に外ならないとみるのが相当である。右の如く解するとき所論に摘録する実況見聞調書及び検察官調書の記載が供述者の公判廷における供述より信用すべき情況があるものと論ずるのは事実を誣いるものであつて到底左袒し難く、原判決が本件事故発生当時における被害者古谷富士蔵の位置を確認することができないと断じたのは結局正当である。所論は採用し難い。

論旨第三点について

原判決は本件事故発生の原因につき「被告人の運転する列車が現場を通過する数秒前古谷富士蔵及び西村周光の両名は東西に相並んで同列車の進入に気付かず三番線を背にして後退して来たため、最初東側の古谷が先ず同列車に接触して跳ね飛ばされ次いで同人の身体が西側の西村に激突して両名共に附近に投げ出されたものと認められる」旨判示しその証拠として証人橋本信治、同妹沢潔の証書を援用している。

本件記録によれば橋本信治は原審において「列車が近くなつたので見たら誰か人の動くのが見えた。その者は列車の前部に触れボーンと前に倒れた。附近に人が二、三人居ると云う事は判つたが、列車に触れた人は三番線と二番線の中間に一人立つていて、列車が近くに来てから三番線を尻にして二、三歩後退した瞬間列車に触れた」旨証言し妹沢潔は原審において「東の方を見ていたら何か貨車のような障碍物が見え、その前方に列車が差蒐つた時保線作業員が五、六名打合せをやつているように見え、それが四方に散つたようになり、二名の者が二人並んで後退していた。列車の入つて来るのは知つているだろうと思つていたが、線路より二米位離れた地点で一、二秒の間止つたような状態になつて、内東の方の一人が二、三歩バックしたような時に列車に触れたように思つた」旨証言している。しかしながら所論の指摘するように高速度で進行して来る列車の近傍にある物体が列車の接近に伴い列車に吸い込まれる如く見える眼の錯覚を生じ易いことはわれわれの日常経験するところであるから事故現場から約百五十米を距てた地点より本件事故を目撃したものと認められる右両名の証言が果して客観的事実に合致するかについては疑を禁じ得ないばかりでなく、橋本、妹沢の両名の証言には前記の如く必ずしも符合せず、なお妹沢証人は定刻より三十五分余遅延した右列車に乗車するために十分乃至五分前から三番線ホームに出て列身の到着を待望んでいた際に本件事故を目撃したものと認められるから被害者両名その他の保線従事員の行動に関する知覚の時間の関係には疑を挾む余地があるのであつて、少くとも西村に関する限り西村周光、吉村竹市、森尾尚雄、下田亀吉の検察官に対する各供述調書、昭和二八年一二月一五日付司法警察員の実況見聞調書並びに右四名の原審における各証言に照らせば同人は三番線北側軌条から北に約一米一五糎を距てて北面して蹲り発電機の調整に専念していて列車近接の際三番線に向つて後退したことはないと見るのが真相に合するものと認められる。さすれば少くとも西村周光に関する限り前記原判決の認定は事実を誤認したものとせざるを得ない。

以上説明の如く、結局本件事故発生前三秒強以前即ち機関車がいわゆる死角に入る前数秒の間における被害者古谷富士蔵の所在地点は遂にこれを確定するを得ず、被害者西村周光は三番線より約一米一五糎を距てて所謂犬走りの地点に線路を背にして蹲り発電機の調整に専念していたものと認められるのであるが、原審昭和二九年八月二〇日付検証調書の記載によれば省略同一条件の下に西進する列車の機関士席より本件現場の内西村周光所在地点の東方約三百二十米の地点に至れば同現場にある人影を認識し得られるものと認められるから(検証に際つては現場に人影を予め準備し専ら右人影のみに視線を集中していたものと解せられるから進路前方全般を注視し、その他の職務を負う機関士に対し右地点において右人影を確認することを要求することは酷に過ぎるものと解せられないではないが一応右検証の結果に従うこととする)被告人が前方注視を完全に遂行していたとすれば被告人は事故発生に先だつ約十八秒の頃西村周光の所在を覚知し、同人が死角に入るまで少くとも十四秒の時間的余裕があつたものと認め得られる。

列車進路の前方軌条から一米一五糎の距離にある人は僅少の移動によつて列車接触限界内に立入る危険があると謂うべきであるから右の如き人の存在を覚知した機関士は警笛を吹鳴し右の者に警告を与えて待避せしめるのが望ましいとは謂い得られるであろう。しかしながら線路に立入る可能性のある全ての場合に警笛を吹鳴するを要するものとすれば機関士は列車の運転中絶え間なく警笛を吹鳴しなければならない場合も想定し得られるのであつて、かくては機関の蒸気の圧力の低下、機関車乗務員の作業量の著しい増大、沿線住民に与える騒音の悪影響等のため、現状の下における列車の運転は極めて困難となることも考えられないではない。更に高速度交通機関が極めて危険を伴い易いことは万人の知悉するところであるから、鉄道線路の近傍にあつて列車の近接に気付いた者は何人も危険を避ける行動に出るのが必然であり、機関車乗務員が進路近傍にある者において右の如き行動を執ることを期待するのも当然と謂わなければならない。さればこそ原審証人石田五郎、同市村二夫、同富山重一の各証言によつても窺い得られるとおり、鉄道線路の所謂犬走りにある人に対しては右の者が進路前方において列車と同一方向に面している場合その他列車の近接を覚知していないと認められる場合には警笛を吹鳴して待避を求めるけれども列車の近接に気付いていると認められる限り、警笛を吹鳴しないのが通常となるのである。要するに機関士がその業務上要求せられる前方注視義務、警笛吹鳴義務を怠つたとするには、列車進路の近傍にある者において進路に立入る危険があると認めるのが合理的である場合に、過失によつて右の認定を誤り又は警笛の吹鳴を怠つた事実が存しなければならない。本件事故は鳥取駅構内の内通常鉄道従業員以外の者の立入ることのない地点において、被告人運転の列車が同駅に到着する直前発生したものであつて被害者等はいずれも線路工夫である。而して右列車が事故現場に達する直前被害者西村周光は前記の如く三番線を背にして線路より約一米一五糎を距てて、所謂犬走りに蹲つて発電機の調整に専念し、同僚線路工夫吉村竹市外二名は三番線から北に四米余を距てた二番線上においてタイタンバーによる道床搗込作業に従事していたものと認められるのであるが、タイタンバーによる敷込作業が行われている最中においては作業者自身は機械の騒音のため列車の接近に気付きにくいものと認めるのが当然であると解せられるけれども、「タイタンバーによる道床搗込作業基準」(昭和二五年九月一四日施保第一〇六号)によればタイタンバーによる敷込作業に従事する保線作業員は作業中特に列車の見張りを厳にし必要によつては専従の列車見張員を置いて傷害事故防止に努むべき職務上の義務を負担するのであつて、このことは機関士が念頭において列車を運転するものと解するのが当然である。以上の状況の下に三番線上の列車を運転すに機関士はその進路前方に右の如き西村、吉村等を発見した場合、保線従業員たる西村等は列車進路に立入る危険はないものと認めて列車の運転に従事するのがむしろ合理的であると解せられるのであつて、前記の各証拠によつても列車が事故現場を通過する際西村は前記の位置に止つたまま、自ら列車進路に近接したことはないものと認められるのである。前記の如く死角内に入る直前列車進路から約一米一五糎を距てた地点において作業中の線路工夫を発見した機関士は警笛を吹鳴してこれに注意を与えるのが望ましいことではあるが、これを以て機関士が列車の運転に際り負担する業務上の注意義務であるとし、もしこれを怠るときは業務上の過失を犯したものと断ずるのは酷に過ぎるものと謂うべきである。

さすれば被告人において過失により西村が進路の近傍にあることを発見するに至らず、その結果警笛を吹鳴して西村等に注意を与える等の措置に出なかつたとしても、本件事故が被告人の前方注視義務の懈怠によるものであると認むべき証明はないものと謂うべく、原判決の前記の事実誤認は判決に影響を及ぼさないことが明かである。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 組原政男 裁判官 黒川四海)

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